「庭に生えていたニラだと思って…」そんな安易な判断が、取り返しのつかない事態を招いた。先週末、埼玉県内で発生した集団食中毒事件で、70代の夫婦2名が死亡、5名が重体となる衝撃的な事件が発生した。原因は「スイセン」を「ニラ」と誤認して調理したことによる有毒植物中毒だった。

「ニラとそっくり」専門家が指摘する見分けがつきにくい有毒植物

事件は4月15日、草加市の住宅街で発生。家庭菜園を楽しんでいた高齢者グループが、自宅庭に生えていた植物をニラと勘違いし、餃子の具材として使用。食後1時間以内に嘔吐や激しい痙攣などの症状が現れ、救急搬送された。

国立有毒植物研究所の田中孝明教授は「スイセンの葉はニラと酷似しており、特に春先の成長期には専門家でも見間違えることがある」と警鐘を鳴らす。「スイセンにはリコリンなどのアルカロイド系毒物が含まれており、摂取すると30分以内に嘔吐、下痢、血圧低下を引き起こし、最悪の場合死に至る」と説明した。

「家庭菜園ブーム」に潜む危険性

近年の家庭菜園ブームにより、似たような事例が全国で増加傾向にある。厚生労働省のまとめによると、過去5年間でスイセン誤食による中毒報告は3倍に増加しており、特に60代以上の高齢者に多いという。

「問題は、スイセンが一度植えると毎年自然に生えてくることです」と語るのは植物生態学の権威、東京大学の佐藤健一教授。「かつて観賞用に植えられたスイセンが、数十年経ってから食用植物と間違えられるケースが多い。住宅街の空き地や放棄畑にも自生しているため、採取には極めて注意が必要だ」と指摘する。

「ニラとスイセンの区別方法として、葉をちぎって匂いを嗅ぐという民間療法が知られていますが、これは危険です。有毒成分が皮膚から吸収される可能性があります」

－ 日本中毒情報センター 山本真理子主任

「記憶にない植物は絶対に食べないで」自治体が緊急警告

事件を受け、埼玉県は緊急の注意喚起を発表。「自分で植えた覚えのない植物は絶対に口にしないでください」と呼びかけ、見分け方のリーフレットを配布開始した。

更に懸念されるのは、スイセン以外にもニラと間違えやすい有毒植物が多数存在することだ。代表的なものには「ハシリドコロ」「イヌサフラン」などがあり、いずれも重篤な中毒症状を引き起こす。

「認知機能の低下が誤認を招く」高齢化社会の新たなリスク

老年医学の専門家である聖マリアンナ医科大学の小林正教授は、今回の事件について「加齢に伴う嗅覚・視覚の衰えと軽度認知障害（MCI）が複合的に影響した可能性が高い」と分析する。

「高齢者は味覚や嗅覚が鈍化しているため、有毒植物の異味・異臭に気づきにくい。さらに認知機能が少しでも低下していると、過去の記憶と現在の状況を正しく照合できなくなる」と説明。今後、高齢化が進む日本では同様の事故が増加する恐れがあると警告した。

「法的規制が必要」専門家が国に要請

日本中毒学会は緊急声明を発表し、スイセンなど危険な観賞植物の販売規制と表示義務強化を国に求めた。また、SNS上で不用意に「野草料理」を推奨するコンテンツへの対策も要請している。

今回の事件を機に、各自治体では家庭菜園愛好者向けの有毒植物講座の開催が相次いでいる。しかし、専門家の間では「根本的な解決には、有毒植物の自生状況の全調査と除去作業が必要」との声が強まっている。

春の行楽シーズンを控え、野草摘みや山菜採りに出かける際には、くれぐれも「確実に食用と判断できるもの以外は口にしない」という原則を守ることが、命を守る最善策と言えそうだ。