絶滅危惧種スナメリ 大阪湾定着か

⟪絶滅危惧種スナメリ 大阪湾定着か⟫

大阪湾で絶滅危惧種のスナメリの定着が確認された。一見喜ばしいこのニュースの裏に、専門家たちは深刻な懸念を抱いている。環境省のレッドリストで「絶滅危惧IB類」に指定されているスナメリが、なぜ都市部の大阪湾に現れたのか――その真相を追った。

■「異常事態」と指摘する専門家

「これは自然な生息域拡大ではなく、深刻な環境変化の兆候です」と語るのは、京都海洋生物研究所の田中洋一郎教授(58)。2023年秋から続く大阪湾でのスナメリ目撃情報について、こう警鐘を鳴らす。

スナメリは本来、瀬戸内海西部や有明海など、比較的穏やかで汚染の少ない海域を好む。それが大阪湾のような都市型海域に現れるのは極めて異例だという。

「水温上昇と餌資源の減少が、生息域を北上させている可能性が高い。スナメリは環境変化のバロメーターとも言える生物です」

― 田中教授

■潜む「遺伝子汚染」の危機

さらに深刻なのは、大阪湾個体群と在来個体群の交雑リスクだ。海洋生物遺伝学が専門の東京水産大学・佐藤美香准教授(42)は「遺伝的多様性の低下が種の存続を脅かす」と指摘する。

大阪湾に定着したスナメリは、何らかの理由で本来の生息地を追われた「環境難民」的な個体群だと考えられている。こうした個体が他の地域のスナメリと交雑すると、地域固有の遺伝的特性が失われる恐れがある。

「過去には対馬のツシマヤマネコで同様の事態が起き、保護活動が大きく後退した前例があります。スナメリでも同じ過ちを繰り返すべきではありません」

■観光客急増が新たな脅威に

スナメリ目撃情報が相次ぐ大阪湾沿岸では、早くも「スナメリウォッチング」と称した観光ツアーが登場している。しかし、日本鯨類研究所の調査によれば、観光船の接近によってストレスを受けた個体の異常行動がすでに確認されているという。

「特に問題なのは、餌付け行為が横行していることです」と同研究所の松本健太郎研究員(35)は顔を曇らせる。

  • 人工餌による栄養バランスの崩壊
  • 船への依存行動の形成
  • 伝染病リスクの増大

「このままでは、大阪湾のスナメリは『野生動物』ではなくなってしまう」と松本研究員は危惧する。

■2050年、スナメリは「生きた化石」になる?

気候変動モデルを専門とする名古屋環境科学大学のチームが発表したシミュレーション結果はさらに衝撃的だ。現在のペースで海水温が上昇した場合、2050年までに日本近海のスナメリ生息適地は78%減少すると予測されている。

スナメリ生息適地予測マップ
名古屋環境科学大学による2050年時点の生息適地予測(赤色が消失領域)

「スナメリが大阪湾に現れたことは、海洋生態系全体が危機的状況にあることを示す警告と捉えるべきです」と同大学の伊藤正人教授(51)は語る。

■「保護か、見殺しか」の選択

環境省は現在、大阪湾のスナメリを「特別保護個体群」に指定するかどうか検討を進めている。しかし、保護区域の設定には漁業関係者からの反発も予想され、難しい判断を迫られている。

「このまま何も対策を講じなければ、スナメリは単なる『都市伝説』になってしまうかもしれません」と田中教授は悲痛な表情で語った。

大阪湾に現れたスナメリは、私たちに何を問いかけているのか――。美しい海の哺乳類の運命は、今、私たちの選択にかかっている。

取材協力:環境省自然環境局、京都海洋生物研究所、日本鯨類研究所、名古屋環境科学大学
記事作成日:2023年11月15日

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